2009年2月23日月曜日

労働安全の課題

 労働安全衛生マネジメントシステム(以下OHSMSという)を導入する前に、「今なぜ必要なのか」を理解しないと形だけのものになってします。
そのためには、現在の労働安全衛生の諸問題を分析して見る必要があります。

 現在、わが国の労働災害は減少を続け、死亡災害は1500人を下回るまでになりました。しかし、減少の割合は鈍化しましたが逆に重大災害が増える傾向にあります。

 これまでの安全衛生管理は過去に起こった災害を基にして法律強化が図られ、それを遵守することで安全を確保していこうというものでした。しかし、世の中のしくみが法令が制定されたときから大きく変化し、新しい技術や材料を採用するようになり、新たな災害が起こって法令を制定していたのでは対応出来なくなっています。
 いわゆる法律で対応しようとする従来の後追い型安全管理では社会の変化と技術革新に対応していけないという観点から、企業の自主的管理を主体にする先取り型安全管理にかわりつつあります。

 まず、労働安全における現状の問題点を洗い出し、その改善策としてOHSMSが効果的な方法かどうか検討する必要があります。

1.暗黙知の継承の断絶
 団塊世代の大量退職と企業のリストラの進行で、安全知識の豊富な熟練者の暗黙知(ノウハウ)を若年労働者にうまく継承できない傾向にあります。また、急速に進む人口の減少傾向は、ますます安全管理に熟知した人材の確保が困難です。
 一方で、若者の気質の変化が顕在化しています。その特徴として物事を相対的に見ることができず、マニュアルがあれば状況が変化しているにもかかわらず、元のマニュアルに固執し、臨機応変に現実に対処できない者が見受けられます。
いわゆる幼児性といわれるもので、自分の狭い世界での経験が世界の全てだと思い込み、物事を相対的に見ることができず、自分が見ているものだけに執着する。したがって何か現場で不具合があっても、それを今まで蓄積してきた経験と知識で解決していく能力が低く応用が利きません。
また、このような気質の人間は組織の中でコミュニケーションがうまく取れず、知識の伝承もうまくいきません。

2.安全文化が未醸成 
 まだ、大企業でも安全文化が育っていないところが多いようです。
どこの現場でも「安全第一」や「安全はすべてに優先する」というスローガンを掲げていますが、実質的には作業効率や利益を優先するケースが多く、安全第一が建前になっているのではないでしょうか。本質安全を追求すると確かに余分な費用がかかるので、金のかからない方法を優先されるのは分かります。しかし、重大災害が発生すればもう企業として存続できない時代なのです。
また、外資ファンドが企業の経営権を握り、米国流の株主を優先する経営手法が日本の経済に影響を与え、即効効果のない間接部門に費用をかけるよりも、直ぐに利益が出る部門に力を入れるようになります。しだいに安全が建前になり経営者の安全意識は低いものになります。
 第二に、経営者や技術者の倫理観の欠如があげられます。最近、マンションの耐震設計の偽装、ゼネコンによる労災かくし、電力会社の安全にかかわる重要事項の隠蔽、食品会社による使用材料や賞味期限の偽装等、国民の安全にかかわる不祥事が多発しています。安全第一であるべき企業や技術者が平気で偽装や隠蔽工作をするようになっています。最初は小さな逸脱行為であったものが、これぐらいなら大丈夫という感覚が次第に増幅していったのでしょう。
 バブル経済崩壊後、社会全体で安全に対する意識が低くなったように思われます。倫理観を持たない者が会社を経営することが根本的に間違っています。

3.人と組織のかかわりに問題が潜在化
 労働環境への影響が労働者の心の病となって現れてきています。社会の仕組そのものが、このような病気を生む要因になってきていますが、それを法律でカバーするには無理があります。
 就労人口の減少や、経済のグローバル化による市場原理主義的な極端な低価格競争は、組織の縮小や人員削減を進めて作業効率や労働生産性の向上を追及し、その結果、一人当たりの労働負荷が増大しています。現実に、元請職員が書類作成のため事務所でパソコンに向かっている時間が多く、現場に出る時間が少なくなっています。当然、職員は長時間労働に陥り、組織はギクシャクとしたものになり、精神的なストレスから精神疾患を発症する者が増えているのです。
 なんら規制が無い市場原理主義では、人間も単なる知能を備えた機械であり消耗品として扱われるようになります。そしてその企業もいずれは消滅していく。明治時代の労働者とは違った形で、現代では精神面での人間性の軽視が見受けられます。

4.高齢化による労働災害の増加
 雇用労働者全体のうち50歳以上の高齢労働者の占める割合は、平成17年には3人に1人の割合になっています。この結果、50歳以上の高齢労働者が休業4日以上の死傷者全体に占める割合は、42.8%になっています。今後、高齢化の進展が労働災害のさらなる増加に転ずることも考慮しなければなりません。

5.後追いの安全での現状との乖離
 これまでは、大きな災害が起きるたびに法令が改正され、法令を守ることによって安全を確保する方法がとられてきました。しかし、このような方法では社会の急激な変化に追随できなくなっています。
主なものとして
1)コンピュータを屈指した機械の使用、バイオテクノロジーやナノテクノロジーなど新たな技術の導入による技術革新が進むが、技術革新のスピードに対して安全対策が法令で対応できません。
2)労働安全衛生法は、建設業や製造業など第二次産業を主体に構成されています。しかし、現在では第三次産業の割合が増加し、産業構造の変化にうまく対応できない面があります。
3)建設業では、請負形態の重層下請構造が進み、法でいう100人以上の労働者を使用する現場はもはや国内にはありません。直接労働者を雇用していた時代の内容で、これからは店社と作業所を一つの事業場として安全管理体制を考ないといけません。
4)派遣労働者など非正規従業員の増加で雇用形態が変化しています。また、非正規労働者の変形として建築業では一人親方が増加しています。請負単価の値下げ要求により下請会社が社員を抱えることができなくなり、雇用保険の費用を削減して労働者に給与相当を手間請けで支払っていることもあります。労働者の所得格差が拡大し、労働意欲の低下、労働の質の低下を招いています。このような状況では安全管理の質の向上は望めません。

 これらの問題の解決方法として、従来の法令順守の手法とともに企業の自主的な安全水準の向上の手法であるOHSMSの導入が進められています。
 ただ、導入しただけでは解決になりません。問題点を理解したうえで、システム導入に工夫子凝らすことが重要でしょう。

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